茹だるような暑さ。
何時間も働き続けてる扇風機から来る、生ぬるい風と、回転する機会音。
居間で寝転がっていると、何もする気が起きない。

「あーづーぃいいいい!」

寝転がっていると、動き続けている扇風機以外の音が、耳元で響く。
ケータイだ。私のケータイが、誰かからの電波を拾って震えている。
暑い中、寝転がった体勢のまま腕だけ伸ばし、ケータイの画面を見た先には。
このクソ暑い中、出来れば一番会いたくないアホの名前。


「―・・・最悪。榛名だー・・・」


[件名]
無題

[本文]
今から、お前ん家に迎えに行く。


「いっつも思うが・・・あいつ、メールの意味を知らんのか?

少しイライラしつつ、体を起こす。
コイツのすごい所は、この私にノーと言わせる暇を与えないところだ。
昔から、『来るな』と言えども来るし、『迎え』と言う単語が入ったメールで、私が外に連れ出されなかった事がない。

「―・・・そろそろ、訴えるか?

扇風機の正面で頭を掻きながら、ボーっと考える。
すると、チャイムが鳴る音がする。
最悪だ。
もう来た。
なんだアイツは。

「―、来たぞー!」

最悪だ、チャイム押したクセに、ドアの前で名前呼んでやがる!!
死ね、アイツ!!

「―・・・・・・・・・・・・行くしか、ないか。」




マーダー野球拳<murdererやきゅうけん>番外編

暑中メトロ―海と花火と、地下鉄と―






「―・・・で、なんで私がこんなカッコで、お前と一緒に地下鉄でお出かけなんぞ、身の毛もよだつ事を?

「―お前な、人をユーレイみたいに言うな。それに、似合ってんぞ。」

地下鉄の乗り場で、コイツの隣でイライラと電車を待つ。
さっき榛名が持ってきた紙袋に入っていた服には、なんと。
ミニのワンピースに、カシュクール風のカーディガンが入っていた。
榛名が持ってきた服だというだけでも十分抵抗が有るのに、ミニのワンピースと言うのも重なり
生脚を強く希望したアホな榛名を拳で黙らせ、下にボトムタイプで細めなジーパンを履いた。

「―・・・なんで、お前がこんな服、持ってんだよ。しかも、靴とカバンブランドじゃん。」

こう言う系に疎い私でさえ分かる、エミリオプッチのカバンと、ミュール。
しかも渡されたときには『どーせお前、こんなの持ってねぇんだろ?』と吐き捨てられた。
(クラスの可愛らしい子が雑誌を見ながら、『OLになって、このブランドで固めるのが憧れなんだよねー。』とか言っていたのを
たまたま覚えていただけだが。

「あー、姉ちゃんに借りた。」

「―・・・お前、私になにをさせる気だ。見つかったら絶対、お姉様に殺されるだろ?」

「おぉ、だから汚すな。お前も、タダでは済まされねぇぞ。

やっぱ私も巻き添えかよ!!』というツッコミを、足元の点字ブロックを睨みつけつつ、心の中で噛み殺す。
コイツには、何を言ってもムダなのだ。言うだけ、ムダなのだ。

「―・・・だから、どこに行くんだっつの。」

隣に居る榛名を、ため息をつきつつ睨み付ける。
私の抗議を物ともしない、隣のアホ。アホ改め榛名。・・・いや、ただのアホ。
コイツに、名前などない。

「―晩飯、食いに行こうかなって。お前と。

「―・・・・・・・・・・・・・・・はぁ!?」

思わず大きい声が出た私を、榛名がしばいた。

「うるっせぇ!!」
「殴ったな!?阿部にも殴られた事ないのにー!!

「―・・・この前、俺が西浦に行った時、思いっきり殴られてたじゃん。

榛名が、呟く。私にはこんな服を着せているくせに、自分は黒のキャップをかぶり、ジーンズに原色緑のポロシャツである。
まぁ、いちよう黒のキャップにあわせて、黒のネクタイをしているが。

「―・・・お前、それ絶対法事用のネクタイつけてきたんだろ?」

「しゃあねぇじゃん。予約取ってみたら、スーツで来いっつーから。」

「スーツって・・・お前、ポロシャツじゃん。どこに連れて行く気だ。
てか、スーツで行くような店に高校生で入れるワケ・・・」



(まさか?)

まさか、わざわざ私に、コイツの姉の服を(たぶん黙って)借りて来て着せたのも
コイツが似合わないネクタイを、暑苦しそうに緩めたり締めたりしているのも・・・

「―正解。バレんなよ、高校生だって。」



(―最悪だ。)



―なんでコイツは、いつもこうなのか。
思えば、何年か前にも、こう言うことが有った。
あれも、夏の日だった。


「―。どっか行くぞ。」


あれも確か、今日みたいに暑い夏の日。
でも、今日より少し日が落ちていて、夕暮れと夜の間・・・そんな時間帯だった。

「―いいから、付いて来い。」

その頃の榛名は、たぶん一番荒れていた頃だったんだろう。
今の榛名と比べると、だけど。

阿部も手を焼いていた。それ以上に、私は付きまとわれて嫌気がさしていた。

「―なんで、このクソ暑いのに。」

私がブツブツいっているのも聞こえないフリして、薄暗い路地を、手を引かれて歩く。
だいたい、『どこか』なんてあやふやな言い分で、こんな変な所を連れられて。
バカじゃないの、と何度も吐き捨てた。
それでも、榛名は私の腕を離す事も、当てのない到着地を探してさまよう事も、止めなかった。

「もう帰って良いだろ!暗いし。お前も明日、部活とか・・・あるんじゃないの?」

暑い路地裏で、榛名が掴んでいる腕を、振り払った。
その時の私は何も知らなかった。
(後から、榛名に起こった事や野球に対する思いを、当時私並に、コイツに苦労していた阿部から聞かされた。)

「―・・・いいじゃねぇかっ・・・別に!」

榛名が、子供みたいにごねた。



「―・・・お前ぐらい、俺のために・・・側に居ろよ。」

その時の私は、なにも知らなかった。
それでも、コイツのその言葉と寂しそうに俯く姿を前にして、薄暗い路地を立ち去る事はしなかった。



「―あ、来た。」

ホームにやってくる電車と、それを知らせるアナウンス。
同じホームにボーっと立っていた人たちが、荷物を持ち直したり、列や車両を確かめたりしている。

「乗るぞ、。」

また、私の腕を引く榛名。けれど、あの時のように俯く事は無かった。
それどころか、隣でなんだか、嬉しそうに笑っている。

「―期待しとけよ、イイ店らしいから!」

私は、あの時の榛名と見比べて、思わず笑いそうになる。
コイツの前で笑うのもなんだか癪なので、ドアを開いた地下鉄の電車に、急いで乗り込む。



―あの時は確か、結局ずーっと歩いて、榛名と海まで行った気がする。

足が痛くなって、榛名も私も何度も泣きたくなった。
海の近くに、コンビニを見つけた瞬間
私たちは無人島で漂流していた人間が、目の前で船に出会ったかのごとくギャ―ギャ―いいながら、駆け込んだ。
クーラーが効いていて、店番をしているのが優しそうなオジサンで。

私と榛名は、店についた瞬間マジ泣きしそうになった。きっと『天国はこんな感じだ』と、二人して思った。
そして、二人で帰りの交通費を相談して、コンビニこと『天国』で自由に使える残ったお金は、合わせて千円ぐらいだった。

「―・・・ゴメン。」

私がアイスクリームと飲み物とオニギリを『どれを喰らってやろうか!!』と、全身全霊で選んでいると
隣で榛名が申し訳なさそうに呟いた。
汗で二人とも服が濡れるほどで、脚も棒のようだった。それでも、コイツが謝った事に、私は笑った。

そして私はアイスだけにして、一番安い350円の小さな花火セットを買った。

「―せっかく海に着たんだし、花火するぞ。お前は、ライターかマッチ買え。

―そして、榛名はペットボトルの水を二本買い、私の命令通り、使い捨てライターを一本、購入した。



「―・・・あの時、よくオジサンも見逃してくれたよな。」

私が地下鉄の車両内で思い出して呟くと、隣に座っていた榛名が
『あぁ、あん時の事か。』と一緒になって、思い出した。

「確か、海で花火したんだよな。そう言えば、あきらかに子供だった俺らに、よくあのオヤジ花火とライター買わせたよな。
『大人と一緒じゃないと』とか言われるよな、普通。」

「そうだよなぁ?まぁ、よく考えたら、そんなエロ本みたいな扱いされる花火も、不思議だよな。

「あれだ、火遊びつながりじゃね?」

「―・・・お前、ホントよくそんな事ばっか言ってて、高校生になれたな。

「そんな事ばっかって・・・お前・・・俺の事、そこまで知ってんのかよ。」

「クソ暑い日に呼び出されて、今年もこうしてお前と一緒に居るぐらいには・・・な。」


(あの夏、ふと思った。)

コレだけ頑張ったんだから、せめてコイツがこれからの人生で
何にも負けなければ、良いと。

コイツを、褒めてやりたいと。

大嫌いだけど、誰かコイツを側で見てあげて欲しいと思う。

(例えば、私じゃなくても。)



地下鉄の電車は、5つ目の駅を呼んだ。
呼ばれた駅で降りる人間が、ぞろぞろと立ち上がり、ドアへとユラリユラリと集まりだす。
なんだか、見ていると面白い。

「―あ、次だ。降りる駅。」

榛名がそう言うと、グーッと背伸びをする。
私も、なれないミュールと大人びた服装に、思わず背伸びをしたくなった。

しばらく揺れていた地下鉄が、6つ目の駅を呼ぶ。
榛名が先に立ち上がり、私の手を引く。

「―あ、ちょい待った。ミュールがなんか、ヘン。」

「は?」

「いや、なんかヘン。ちょい、肩かして。」

「んだよ、しゃーねーなー・・・」

めんどくさそうな榛名が、ボーっと立ちながら肩を差し出した。
私はその肩に片手を置いて、もう一方の手で両方のミュールを履き直す。

すると地下鉄の床が、一瞬グラッと揺れる。
よろめきそうになった私の腕を、榛名が掴んだ。

「―なにしてんだよ、危ねぇなー。」

榛名が、まためんどくさそうに呟く。けれど掴まれたその腕は、確実に数年前より大人びていた。
私が、不思議なキモチで榛名を見ると、背後から、女性数人の恐ろしい会話が聞こえる。

「―ねぇ、あの子たち付き合ってんのかな?
「憧れるよねー、あー言うの。」
「てか、さっきのカレシの肩に手置いてミュール直すのとか、ツボなんだけど!」
「はぁ!?意味分かんねー!あ、でもキョリ近かった!」
「分かる分かる!あれじゃん、そのままチューとか出来そうじゃん!


私は大声手否定したくなったがドアが開いてしまい、榛名に引き摺られるように外へと連れ出された。

そのまま駅を出て、しばらく歩く。
地下鉄の外は、数年前の、あの時みたいな夕暮れだった。

「お、ここだ。」

榛名が指差した先には、小さなビルにテナントで入っている、5階のイタリアンの店だった。
思っていたよりは小柄なお店で、中もそれほどかしこまった感じではなかった。

「予約してた、榛名ですけど。」

榛名がそう言うと、店員さんが笑顔で、テーブルに案内してくれる。
店員さんが飲み物を持ってきて、そのまま下がった。
メニューを持って来ないトコを見ると、どうやら、コースらしい。
店内は満員で、思った以上に緊張している自分が、少しイヤになる。
私は、テーブルから窓の外を見た。



「―・・・あ。」

見えた景色に、私は思わずアホみたな声を出した。



「―お、さっそくバレたか。」

イタズラっぽく笑う榛名に、私は『してやられた』と、不覚にも少し感動した。
外から見えた先には、数年前に私と榛名でたどり着いた海が、小さく見えていた。

「―これから、このビルの近くで花火大会あるんだってよ。」

そう言って、榛名が出された水を少し飲みながら、私を見つめる。

「この席で予約取るの、結構大変だったんだぜ?」

「―・・・なんで、ワザワザ。」

私が憎まれ口を叩くと、榛名が『可愛くねぇなー』と言いつつ、答えた。


「―この前の夏の、お礼。お前が、あの時俺に付き合って花火・・・一緒にしてくれたから。」


―店の雰囲気とキレイな景色に、思わず顔を赤らめそうになる。
なんだか自分にムカついて、目の前の水を榛名にぶっかけたくなった。
・ ・・けれど、ガマンしてテーブルクロスの端を、ギュー!!っと握った。

「―・・・お、そろそろ上がるんじゃね、花火。」

榛名がそう言った時、また私は何も知らなかった。

榛名が、本気で私を落とそうとしていたなんて。



(アホみたいな顔して花火を見てる、今のコイツを見て思った。)

これだけ俺が言ってんのに、靡<なび>かないんだから
せめてコイツが、全てに負けて打ちひしがれちまえば、良いと。

コイツを、貶<けな>してやりたくなった。

こんなに好きなんだから、誰もコイツの側からいなくなって欲しいと。

俺以外、誰も。



それでも、夏は過ぎる。
花火は落ちることさえ厭わずに、夜空に華を咲かせた。
地下鉄は帰りも動き、二人をバラバラに分かれる駅まで、一緒に運んだ。



二人の今日が、終わった。数年前の、あの夏のように。






























*****
ぽこ様のサイト1周年記念ということで、リクさせていただいた小説です(どんな理由や)
ホントまたまた素敵な小説をいただいちゃいましたよ。
ぽこ様ありがとうございます。
しかも私の大好きな榛名さんの小説ですよ!!
目から鱗ですよ(使い方全然違う)
ぽこ様、本当にありがとうございました。
またよろしくお願いします(迷惑)
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